先日、仕事で学生時代にたむろしていた街に行ったので、その頃よく通っていたカフェを探してみた。その店は地下にあったのだが、探してみるとすぐに見つかった。
さっそく、店に入った。

<店にはママがいた>

この店はママとマスターの二人でやっている。

自分が若い時は仲間と近所の居酒屋でやったあと、良い気分になり、2次会でよくこの店に来ていた。

店の雰囲気と内装は昔のままで、元々、お店はレトロ風のつくりだったので、時間がタイムスリップしたようだった。

 私はママに右手で一杯やるポーズをみせた。まだ、午後3時だったので、私も遠慮したのである。ママはにっこりとうなずいた。

私はビンビールと牡蠣の味噌焼を注文した。ビールを半分ほど飲んだら、心地よい軽い酔いがきた。

軽い酔いの中で、僕はこの店によく来ていた若いころのこと
―S先輩のことを―
思い出していた。
この先輩には、公私ともお世話になっていた。

S先輩は酔うと元気になり、
「稲田、もう一軒いくぞ、付き合え」
と私の手を引っ張り、店に連れて行くのだった。

―先輩は「はしご酒」だった―

この店も、その流れでよく来ていた。
ある時は、終電車がなくなるまで飲み続け、タクシーで帰ったことが何回かあった。
・・・なぜ、そんな遅くまで飲んだのか?・・・
今、いくら考えても、その理由は思い浮かばない。

飲んべいは、酒が回るにつれ、しょうもない議論をしたり、ある言葉で仲間意識が以上に高まったりして、気分が高揚し、時間が光のスピードで過ぎていくのだ。
 1本目のビールがあけ、2杯目のハイボールを飲んでいる。

<ママに特注した濃い目のハイボールだ>

―昔、友人だったFとSという仲間のことを思い出した―

2人は、先輩と後輩で同じような仕事をしていて、昔は仲よく2人してこの店で飲んでいた事を思いだしたのだ。

その仲良しの2人は、後年、仕事の関係で仲たがいした。後輩が先輩の指示と会社の方針の違いの中にたち、会社の方針を選んだからだった。
―その後、2人は、袂を分けたままになっている―

<人生とはいろんなことが起こるものだ>

ハイボールは2杯目になっていた。
今度のハイボールの酔いは、「昔の世界」から「今の世界」に戻したようだった。
気が付くとお店には、常連とおぼしきおばさんグループがいた。そこに、ちょうど、1人の長老のおじいさんが入ってきた。

<ママの話では94歳だとのことだ>

おばさんグループは、このおじいさんの事を全員が知っており、
「今日は、遅かったわね」
「お元気そうでなにより」
とか、親しげに声をかけていた。

おばさんグループが店をでると、今度は、1人のおばさんが入ってきた。このお客さんも常連らしく、メニューにないものを注文していた。

このおばさんも、遅いランチを食べながらママと井戸端会議をしていたが、時計をみて、帰るそぶりを見せた。

―子供がそろそろ帰ってくる―
との声が聞こえた。

このギスギスしない田舎風の農村的な雰囲気は、むかーし、この店を僕に教えてくれたIと言う友人を思い出させた。

<友人のIは、ルソーのエミールがバイブルな優しい奴だった>

私は、お酒に酔っていたのか、久しぶりにIの声が聞きたくなり、携帯の電話帳でIの電話番号を探した。Iの番号はすぐに見つかった。

<私は電話をかけようとした>
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その時、Iは去年の秋に亡くなっていたことに気が付いた。

<そうだ、Iはもういないんだ>
私は急に悲しくなったが、Iの携帯番号に

<I、そっちで元気にくらせよ>
と静かに呟き、献杯した。


 
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