コロナが拡大する前、岐阜に行った。岐阜駅前には金色の派手な信長像がたっているが、この町は、その昔、戦国時代の下克上を象徴する地域であった。主家の土岐家から美濃を奪った斎藤道三のころから歴史に現れてくる。その後、道三は息子の義龍に殺され、家督を継いだ息子の龍興は、1567年に道三の義理の息子である織田信長に稲葉山城に攻め込まれ伊勢長島に敗走し、信長が稲葉山城と町の名を「岐阜」と改めたのだ。

岐阜駅からバスに乗り、歴史博物館前で降り岐阜城に行った。岐阜城は金華山の頂上にある山城で、ロープウェーで行けるが、私は、少しでも当時の感覚に接しようと山麓駅の横にある「めい想の小径」から城を目指すことにした。登り始めたころは、緩やかな山道だったが、やがて、石がゴロゴロした急な段差が続き、息があがった。
「失敗した。ここから、引き返しロープウェーに変更しよう」
私は心の中で呟いたが、ナカナカ引き返す決断がつかず、少しずつ高度を上げていった。登るにつれ、次々と岩場が現れ、中には鎖が張った岩場もあり、手をかけて登る岩場も出てきた。
「これじゃ、ハイキンングではなくて、完璧な登山だ」
私は、既に引き返すどころか、ただ、ひたすら目の前にある岩場をやっつけることに集中せざるを得ない状況に陥っていた。

急に視界が開けた。大きく前が開けた岩場に出たのだ。眼下には長良川が流れ、川の向こうに岐阜の街並み広がっていた。私は少し立ち止まり目を瞑った。この岩場から長良川を眺めている戦国時代の武将の姿と自分が同化したような気がした。山頂までの最後の急な石段が目の前に現れたが、一歩一歩気力を振り絞り、ようやく、山頂に出た。

岐阜城の天守閣からは、長良川や遠く連なる山並が一望できた。戦国時代に、多くの武将がこの城を落とそうと何回も攻め立てたが、攻め落とせなかったことが納得できた。この城を築城し、ここを居城とした斎藤道三の非凡な才能が分かった。もし、道三が、秀吉のような『人たらし』の気質をもっており、また、美濃者でなかった道三の支配を快く良く思っていなかった家臣団が、『妬み』や『家柄』や『嫉妬』ではなく、道三の『能力』そのものを評価していたならば、信長の天下盗りも少しは違った形になっていたのではないか・・・・
私の頭の中は戦国時代になり、そんな夢が目の前に浮かんだ。

岐阜駅に戻り、何年か前に友人ときたことがある居酒屋に入った。17:30ころに店の前に来たのだが、まだ早いようだった。私は、思い切ってドアを開け中に入った。店の中には客はおらず、私が今日始めての客のようだった。店には、二人の男がいた。

「いいですか?」
と、私は人指し指を立て一人だと合図をして、カウウンターの一番奥に座った。まず、地酒3種を注文した。通しの3品がでてきた。
「お客さん、岐阜の人ではないでしょう?」
「ウン、東京だ」
「この店、何で分かったの?ネット?」
「いや、昔、友人に連れてきてもらったことがある」
「友人?」
「Iという奴だ」 
「Iって、Tちゃんか?」
「そう、Tちゃんだ」
この会話で、急に、腹が減っていたことに気づき、飛騨牛の切り落とし炒めを頼み、お酒も、日本酒から赤ワインに切り替えた。さらに、手作りのアユの干物と飛騨の地酒を注文した。

大将の手伝いをしている兄さんが、焼き上がったアユの干物をカウンター越しに渡してくれた。この兄さんは、岐阜県のアマチュアゴルフチャンピオンを目指している。
「どうすれば、県のNo.1になれますかね?稲田さん」
兄さんは真顔で聞いてきた。酔った私には、なぜ、彼が、ゴルフが門外漢な私に聞いてきたのか分からなかったが、
「ミスショットをした後が問題だ。次のショットでリカバリーしようとか、このショットが決まれば勝てるとかはすべて邪念だ、邪念は捨て、自分の力ではミスショットは当然だと素直に受け入れ、過去は捨て、自分の持っている力を出す、これにつきる。マア、良く言う切り替えだ。それが出来ればスコアは3から5は縮まる」
と言った。
「さすが、作家先生だ」
と兄さんは納得し、大きく頷いた。
私は、この兄さんの頷きを見て、妙に恥ずかしくなった。

新しい若い男女のカップルが店に入ってきた。カップルの女性は、おもむろに、カバンから何か取り出し大将に渡した。
大将はその包みを受け取り
「???」
と戸惑いの表情を見せた。
その女性は、家で焼いたチーズケーキをお土産に持ってきたのだ。大将はその包みがチーズケーキだと分かると、器用に切り分け、店のお客に御裾わけしてくれた。チーズケーキを口にいれると、私は、なぜか、ケンタッキーウィスキーが飲みたくなり、ジンビームのロックをシングルで頼んだ。

<目の前に出されたのは、ロックグラス並々のジンビームだった>

「大将、俺、シングルを頼んだはずだが?」
と、私は言った。大将はニコッと笑った。
私は、ありがたく、ロックグラスを口に運んだ。ジンビームのケンタッキーの香りが口に広がった。

ジンビームの酔いは、昼に岐阜城で空想した世界とこの居酒屋での出来事をつないだ
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よそ者の道三と美濃者の家臣が、車座になり、アユの塩焼きとフキの煮物を肴にして、美濃への侵入を企てている織田信秀との戦いに備えた軍議のシーンだった。そのシーンは、お館様の道三を信用していない家臣と家臣を信用していない道三が、互いの腹を探りあいながら酒を飲んでいる暗いセピヤ色ではなく、互いを信頼した家臣団が、お館様を中心に、皆がしっかりと自分の意見を述べ、その意見に大きく頷きながら酒を飲んでいる家臣たちの姿を描いている明るい色だった。
 
岐阜 おばんざいNORI
 
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